書評

2005.2.26

書評/人は仕事で磨かれる(文芸春秋)丹羽 宇一郎

伊藤忠商事前社長。1999年に4000億円の不良債権処理を決断、改革派として大なたを振るった経営者としての自伝。大変面白く読めた。

役に立った部分;

私は花道などには興味はない。人には役目というものがあります。
私の場合伊藤忠にとって考えられる全ての膿を掻き出すことだった。だから減損会計の適用は、私の掃除屋としての最後の仕事だと思っているんです。

私が小林社長を指名した理由は、人間力があるからです。これは、気力、体力、知力、そして情熱といった人間としての力が強いということです。どんなに頭が良くても、たった一度の逆境でへこたれるような人はトップにはなれません。
逆に、踏んづけても、踏んづけても、そこから起き上がって激しく挑戦していく強さがあれば、もしこれが競争相手だった場合、非常に怖い。彼の場合は、その人間力があると思っています。

(給料について)そりゃあ誰だって少ないより多いほうがいいに決まっています。でも、長い人生、まあそんなに長くないかもしれないけれど、どっちにしても少しぐらい減ったとか増えたとかで大騒ぎするな、と自分には言い聞かせているんです。

社長の椅子に座って、立派な事いって勲章もらったりしても、何の意味があるのかと思う。

ひとつの仕事を極めれば、だいたい仕事のやり方というのはそう大きく間違えることはないんです。スペシャリストこそ優秀なゼネラリストになれるというのが、私の基本的な考え方です。

ファミリーマート買収の際、西武の元和田会長と交渉した話)
絶対に動くもんかと思っていました。和田さんがこの状態で一時間我慢するなら、私は一時間半我慢する。辛抱しきれずに動いた方が負けだと思っていました。

あるとき、経営会議で”お前たちは世界中でネズミばっかり追いかけている。ネズミをいくら捕まえてもゾウにはならないぞっ!”と言ったんです。

瀬島龍三理事の言葉)
問題が起きたら、とにかくすぐ飛行機で飛びなさい。お金がかかるとかは問題ではない。人間というのはすぐ飛んで”フェイストゥフェイス”で解決しなきゃいけない。

(室伏元社長に言い返した言葉)
食料は大事なんです。アメリカは私が行かなくても何とかなるが、食料は何ともならないんだ。

国際ビジネスの基本は、やはり誠実さと言行一致なんです。絶対に裏切らないこと。言った事は必ず実行に移す。しかも早く行動する。たとえば”一回、わが社の人間をお宅にお邪魔させます”といったら、3日後には行くよう指示します。そうすると相手は非常に強い印象を受ける。

欧州に進出した日本の企業で共通しているのは、自分の会社を日本人だけで経営しようとすることです。すると、優秀でないアシスタントでも、日本人だから高い給与水準で雇うという現象が起きます。そうなると儲からないし競争力もないから、発展しない。加えて、給料が高いから誰も辞めない。どんどん老齢化するんです。

日本人というのはブランコが揺れすぎる傾向があると思います。悪いとなると皆で寄って集って引きずり下ろすし、コテンパンにやっつけてしまう。ちょっと良くなると、拍手喝采してみんなで神輿を担ぎ、当事者を舞い上がらせてしまう。罪な国民です。

ほんの少しの資金があれば収益は確実に上がるのに、それを見る目が大方の銀行にはまだありません。しかし我々商社なら、それがある。状況を分析し、どこで利益を上げるかといった目利きの仕事をしているわけですから、担保にしばられる事なく的確な判断を下せるわけです。そうした特性を活用して中小企業に出資すれば、共に発展するチャンスが生まれてきます。

自分が責任を持っている人たちの喜ぶ顔を見るのは、本当に嬉しいものです。人間というのはそういうところに生きがいを感じるのではないかと思います。たとえば、奥さんが喜び、子供が喜び、家庭が明るくなれば、自分が多少苦労していても嬉しいと思う。それが自分の生きがいになるんです。だから私は、伊藤忠が暗くなる原因をまず断たなければいけないと考えました。

わからないときは半分切れ、というのが、私の相場観です。この後相場が上がったら、しまった半分切っちゃった、ではなく、まだ半分残していた、と思えばよい。全部切ってしまったら夢も希望もないけれど、半分残っているんだからいいじゃないか、と考えなくてはいけないんです。

何より良かったのは、社員に対して嘘をつかなかったということです。今までは机の中にしまってある損失について、経営陣が口ごもることもあったと思います。それがなくなり、明るい会社になった。私は、家庭にも友人にも隠し事をするのが嫌いです。

汗出セ、知恵出セ、モット働ケ。

孔子は、食武信を治国三要といい、最後に残さなければならないのは信用だと言った。

企業にとって、一番大きなものは、儒教のいう五常”仁、義、礼、知、信”のひとつである、信である。

論語/リーダーの条件とした九つの徳目。
温/人間的温かみ、良/人の美しさ、正直さ、恭/仁と共にある慎み深さ、倹/質素であること、譲/礼儀正しさ、寛/厳格と共にある寛容、信/信用と信頼、敏/すばやい対応、恵/浪費とならぬ施し。

今、所得の二極分化が起きつつあります。一部の経営者クラスという何億円の収入があって、もう一方の低所得者層は250万円や300万円で生活している状態です。これに年金や増税問題などが絡み、日本全体が社会不安を抱えるようになりました。凶悪事件や自殺者が増えているのを見てもわかるように、明らかに社会は悪い方向へ進んでいきます。

伊藤忠では、会社が大きくなるにつれて社員が官僚的になってきているように思います。もともとは若い人に様々な仕事を任せる会社で、どこか破天荒なところがありました。財閥系商社に比べて野武士的なイメージがあったのも、このためでしょう。組織に巻かれて四角四面の考え方をするような官僚的思考は、きわめて希薄でした。ところが、組織が大きくなるにつれて、お殿様みたいになってきたんです。

商社マンとしての人材をどこで見極めるか、私の場合、三つの基準があります。一つは、自分の意見をはっきり言えることです。もう一つは、お客様からの評価が高いということです。そして最後は”金の匂い”がするかどうかです。こういうとわかりやすいかもしれません。官庁にはまず金の匂いがする人はいない。

京都大学アメフト部の水野弥一監督)
人間の肉体と技術には限界がある。しかし心には限界がない。

最近の学生や、あるいは新入社員を見ていて思うのは、奇抜なアイデア、大きな仕掛け、そういうことがほとんどできないということです。要するに発送が貧弱なんです。身近なことは発想できても、ビジネスにおいて大きな仕掛けを考えるというところまではいきません。それは、多分に読書不足だと私は感じます。

あなたの宗教は何だ?と聞かれてMY GOD IS MY WIFEと答えた。

相場の失敗経験から、私は教訓を得ました。それは、百聞は一見に如かず、現場を見なければ本当のところはわからないということです。要するに、メディアの言うことを信用するなというわけです。

NYでの激務を通じ、自信につながったのは”仕事で体は壊れない”というのがわかったことです。実際に体を壊すのは、酒とか麻雀などのアフターファイブの方だと私は思っているんです。
酒量をできるだけ自制していれば、どれだけ働いても体はもつんです。

(子供を産んだ女性社員へのケアについて)ベビーシッターの手配を本人にしてもらって、費用を会社で負担するのが一番いいのではと考えています。会社としてできるだけのバックアップをと考えた時、コストを負担するというのはきわめて有効だと思います。わが社の女性社員のうち、年間で一体何人が子供を産むのか。たいした数じゃありません。

リスクを取らない人間ばかり増えてきたら、商社は一体どこで儲けるというのか。”そこのお前、入社してから一体どこでいくら稼いだ?入社してから新しい仕事を一つも作っていないじゃないか。先輩の敷いたレールの上をひたすら毎日走り回るだけで、自分で稼いだような顔をするな。”

私はよく経営会議で言うんです。”君たち、本当にオシッコ漏らすくらいの緊張感を感ずる仕事をしろ”と。どっちに転んでもたいしたことないような仕事をしたって、感激も感動もありません。想像を膨らませて、大きな仕掛けを考える。

INNOVATION REMAINS AN ENIGMA-LIFE REMAINS AN ENIGMA/人生は不可思議で"謎"めいている。